シューベルト 楽興の時 第3番 動画集 | Mボックス

Music video

シューベルト 楽興の時 第3番 動画集

シューベルト 楽興の時 第3番 ヘ短調の動画集です。

シューベルト 楽興の時 第3番 ヘ短調 D780-3

シューベルト 楽興の時
第3番 ヘ短調 D780-3/Op.94-3

SCHUBERT Moments Musicaux
No.3 in F minor D780-3/Op.94-3

シューベルトの楽興の時 第3番 ヘ短調です。
楽興の時は全6曲のピアノ独奏曲です。日本では広く知られている作品です。
シューベルト 楽興の時動画集一覧はこちら

アルバム収録曲一覧

1. 楽興の時 第3番 ヘ短調 / シューベルト,フランツ / バルツァーニ,ヴィンツェンツォ

やわらかでのびやかな演奏。表現が美しいです。 「ピティナ・ピアノ曲事典」より

この曲の詳細を見る ▼
楽曲解説 - 楽興の時 第3番 ヘ短調

PTNA2007年D級課題曲

“楽興の時”というのは、19世紀に主としてピアノ曲のジャンルで広まったキャラクター・ピース(性格小品)の一種で、これらの初期のものということができる。シューベルトはこのタイトルの小品を1823年頃に6曲書いており、作品94として1828年の春に出版された。

3.へ短調 / f moll。第3曲はこの曲集で最も有名な曲。この曲は1823年に出版された他の作品集に「ロシア風エール」というタイトルで既に収録されていた。繰返しを除くとわずか54小節という小さな曲で、終始一貫して単純な伴奏に乗って旋律が流れる何の変哲もないように見える曲だが、愛らしく親しみやすい魅力に満ちた曲である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

作曲家解説 - シューベルト,フランツ

オーストリアのヴィーンの作曲家。「歌曲の王」と呼ばれている。

あらゆるジャンルに作品を残したが、歌曲とピアノ曲は音楽史においてきわめて重要である。生活のため長く学校教師を務めながら作曲し続けたが、彼の才能を認める多くの友人に恵まれ、生前から音楽家として高い名声を得た。31歳で夭折。ピアノ独奏曲は大別して、即興曲や幻想曲など自由な形式のキャラクター・ピース、ワルツなどの舞曲、そしてピアノ・ソナタがある。ピアノを用いた室内楽も佳作を残した。また歌曲においては、歌の旋律を和声的に支えるだけの従来の伴奏を脱却し、ピアノ・パートに深い音楽表現を与えて、歌とピアノのアンサンブルとも言える近代的なドイツ・リートを確立した。

シューベルトは、古典派ともロマン派ともその位置を定めがたい。現在のところ、ロマン派と呼ぶよりもヴィーン古典派に含めて語られることのほうが多い。 確かに形式の面では古典を踏襲しているし、ロマン派的な標題をシューベルト自身が器楽曲に付すことはなかった。また、独特の美しい旋律も古典派の語法からかけ離れたものではない。が、たとえばソナタにおいて、対比的な主題や動機労作よりも、和音の響きの微妙な変化そのものを課題とし、遠隔の調の音にあくまでさりげなく到達する手法には、すでにロマン派の音楽世界が開かれている。しかし、これらの作曲家が古典派の形式の伝統に憧憬と尊崇をもって取り組んだのに対して、シューベルトにとってまだそれは異化されない、なかば同時代のものだった。シューベルトのロマン性は、古典的形式と協和音の美しさの奥に隠されている故に、聴くものに緊張感を与えない。まさに、二つの時代の結節点をなす音楽である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

演奏家解説 - バルツァーニ,ヴィンツェンツォ

イタリアのピアニスト。

2. 楽興の時 第3番 ヘ短調 / シューベルト,フランツ / 中川 京子

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

この曲の詳細を見る ▼
楽曲解説 - 楽興の時 第3番 ヘ短調

PTNA2007年D級課題曲

“楽興の時”というのは、19世紀に主としてピアノ曲のジャンルで広まったキャラクター・ピース(性格小品)の一種で、これらの初期のものということができる。シューベルトはこのタイトルの小品を1823年頃に6曲書いており、作品94として1828年の春に出版された。

3.へ短調 / f moll。第3曲はこの曲集で最も有名な曲。この曲は1823年に出版された他の作品集に「ロシア風エール」というタイトルで既に収録されていた。繰返しを除くとわずか54小節という小さな曲で、終始一貫して単純な伴奏に乗って旋律が流れる何の変哲もないように見える曲だが、愛らしく親しみやすい魅力に満ちた曲である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

作曲家解説 - シューベルト,フランツ

オーストリアのヴィーンの作曲家。「歌曲の王」と呼ばれている。

あらゆるジャンルに作品を残したが、歌曲とピアノ曲は音楽史においてきわめて重要である。生活のため長く学校教師を務めながら作曲し続けたが、彼の才能を認める多くの友人に恵まれ、生前から音楽家として高い名声を得た。31歳で夭折。ピアノ独奏曲は大別して、即興曲や幻想曲など自由な形式のキャラクター・ピース、ワルツなどの舞曲、そしてピアノ・ソナタがある。ピアノを用いた室内楽も佳作を残した。また歌曲においては、歌の旋律を和声的に支えるだけの従来の伴奏を脱却し、ピアノ・パートに深い音楽表現を与えて、歌とピアノのアンサンブルとも言える近代的なドイツ・リートを確立した。

シューベルトは、古典派ともロマン派ともその位置を定めがたい。現在のところ、ロマン派と呼ぶよりもヴィーン古典派に含めて語られることのほうが多い。 確かに形式の面では古典を踏襲しているし、ロマン派的な標題をシューベルト自身が器楽曲に付すことはなかった。また、独特の美しい旋律も古典派の語法からかけ離れたものではない。が、たとえばソナタにおいて、対比的な主題や動機労作よりも、和音の響きの微妙な変化そのものを課題とし、遠隔の調の音にあくまでさりげなく到達する手法には、すでにロマン派の音楽世界が開かれている。しかし、これらの作曲家が古典派の形式の伝統に憧憬と尊崇をもって取り組んだのに対して、シューベルトにとってまだそれは異化されない、なかば同時代のものだった。シューベルトのロマン性は、古典的形式と協和音の美しさの奥に隠されている故に、聴くものに緊張感を与えない。まさに、二つの時代の結節点をなす音楽である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

演奏家解説 - 中川 京子

日本のピアニスト。東京芸術大学卒業、第47回日本音楽コンクールピアノ部門第2位。オーケストラとの協演、NHK-FM、TV番組、ヤマハ・ソニー音楽芸術振興会主催コンサート出演、教育用ビデオの演奏収録など各方面にわたり活動中。ピティナ協会正会員。
「ピティナ・ピアノ曲事典」より

3. 楽興の時 第3番 ヘ短調 / シューベルト,フランツ / 小佐野 圭

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

この曲の詳細を見る ▼
楽曲解説 - 楽興の時 第3番 ヘ短調

PTNA2007年D級課題曲

“楽興の時”というのは、19世紀に主としてピアノ曲のジャンルで広まったキャラクター・ピース(性格小品)の一種で、これらの初期のものということができる。シューベルトはこのタイトルの小品を1823年頃に6曲書いており、作品94として1828年の春に出版された。

3.へ短調 / f moll。第3曲はこの曲集で最も有名な曲。この曲は1823年に出版された他の作品集に「ロシア風エール」というタイトルで既に収録されていた。繰返しを除くとわずか54小節という小さな曲で、終始一貫して単純な伴奏に乗って旋律が流れる何の変哲もないように見える曲だが、愛らしく親しみやすい魅力に満ちた曲である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

作曲家解説 - シューベルト,フランツ

オーストリアのヴィーンの作曲家。「歌曲の王」と呼ばれている。

あらゆるジャンルに作品を残したが、歌曲とピアノ曲は音楽史においてきわめて重要である。生活のため長く学校教師を務めながら作曲し続けたが、彼の才能を認める多くの友人に恵まれ、生前から音楽家として高い名声を得た。31歳で夭折。ピアノ独奏曲は大別して、即興曲や幻想曲など自由な形式のキャラクター・ピース、ワルツなどの舞曲、そしてピアノ・ソナタがある。ピアノを用いた室内楽も佳作を残した。また歌曲においては、歌の旋律を和声的に支えるだけの従来の伴奏を脱却し、ピアノ・パートに深い音楽表現を与えて、歌とピアノのアンサンブルとも言える近代的なドイツ・リートを確立した。

シューベルトは、古典派ともロマン派ともその位置を定めがたい。現在のところ、ロマン派と呼ぶよりもヴィーン古典派に含めて語られることのほうが多い。 確かに形式の面では古典を踏襲しているし、ロマン派的な標題をシューベルト自身が器楽曲に付すことはなかった。また、独特の美しい旋律も古典派の語法からかけ離れたものではない。が、たとえばソナタにおいて、対比的な主題や動機労作よりも、和音の響きの微妙な変化そのものを課題とし、遠隔の調の音にあくまでさりげなく到達する手法には、すでにロマン派の音楽世界が開かれている。しかし、これらの作曲家が古典派の形式の伝統に憧憬と尊崇をもって取り組んだのに対して、シューベルトにとってまだそれは異化されない、なかば同時代のものだった。シューベルトのロマン性は、古典的形式と協和音の美しさの奥に隠されている故に、聴くものに緊張感を与えない。まさに、二つの時代の結節点をなす音楽である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

演奏家解説 - 小佐野 圭

日本のピアニスト。国立音楽大学を卒業、同大学院修了。これまでに国内のオーケストラと数多く共演。全国各地で演奏活動をする他、東京で定期的にソロ・リサイタルを行なっている。演奏活動の他、教育活動にも積極的で、全国各地にて演奏講座、レクチャーコンサート、学校の音楽鑑賞会での演奏等を行なっている。現在、玉川大学芸術学部准教授、国立音楽大学非常勤講師、甲府湯田高校特別講師、(社)全日本ピアノ指導者協会評議員。演奏研究委員およびコンペ全国大会審査員。(社)日本演奏連盟会員。2008年よりPTNA「国立プレリュードステーション」代表。
「ピティナ・ピアノ曲事典」より

4. 楽興の時 第3番 ヘ短調 / シューベルト,フランツ / 今井 顕

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

この曲の詳細を見る ▼
楽曲解説 - 楽興の時 第3番 ヘ短調

PTNA2007年D級課題曲

“楽興の時”というのは、19世紀に主としてピアノ曲のジャンルで広まったキャラクター・ピース(性格小品)の一種で、これらの初期のものということができる。シューベルトはこのタイトルの小品を1823年頃に6曲書いており、作品94として1828年の春に出版された。

3.へ短調 / f moll。第3曲はこの曲集で最も有名な曲。この曲は1823年に出版された他の作品集に「ロシア風エール」というタイトルで既に収録されていた。繰返しを除くとわずか54小節という小さな曲で、終始一貫して単純な伴奏に乗って旋律が流れる何の変哲もないように見える曲だが、愛らしく親しみやすい魅力に満ちた曲である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

作曲家解説 - シューベルト,フランツ

オーストリアのヴィーンの作曲家。「歌曲の王」と呼ばれている。

あらゆるジャンルに作品を残したが、歌曲とピアノ曲は音楽史においてきわめて重要である。生活のため長く学校教師を務めながら作曲し続けたが、彼の才能を認める多くの友人に恵まれ、生前から音楽家として高い名声を得た。31歳で夭折。ピアノ独奏曲は大別して、即興曲や幻想曲など自由な形式のキャラクター・ピース、ワルツなどの舞曲、そしてピアノ・ソナタがある。ピアノを用いた室内楽も佳作を残した。また歌曲においては、歌の旋律を和声的に支えるだけの従来の伴奏を脱却し、ピアノ・パートに深い音楽表現を与えて、歌とピアノのアンサンブルとも言える近代的なドイツ・リートを確立した。

シューベルトは、古典派ともロマン派ともその位置を定めがたい。現在のところ、ロマン派と呼ぶよりもヴィーン古典派に含めて語られることのほうが多い。 確かに形式の面では古典を踏襲しているし、ロマン派的な標題をシューベルト自身が器楽曲に付すことはなかった。また、独特の美しい旋律も古典派の語法からかけ離れたものではない。が、たとえばソナタにおいて、対比的な主題や動機労作よりも、和音の響きの微妙な変化そのものを課題とし、遠隔の調の音にあくまでさりげなく到達する手法には、すでにロマン派の音楽世界が開かれている。しかし、これらの作曲家が古典派の形式の伝統に憧憬と尊崇をもって取り組んだのに対して、シューベルトにとってまだそれは異化されない、なかば同時代のものだった。シューベルトのロマン性は、古典的形式と協和音の美しさの奥に隠されている故に、聴くものに緊張感を与えない。まさに、二つの時代の結節点をなす音楽である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

演奏家解説 - 今井 顕

日本のピアニスト。ウィーン国立音楽大学に入学し、8年間の課程をわずか3年で終え、弱冠19才にして最優秀の成績で修了。 数々の国際コンクールに優勝・入賞し、コンサートピアニストとしてソロ、アンサンブルとも国際的に活動する。
演奏活動、教育活動とともにヨーロッパの音楽出版社における原典版楽譜の編集作業にも携わるなど幅広い活動を展開し、日本の誇る国際派ピアニストとして内外で高い評価を受けている。
「ピティナ・ピアノ曲事典」より

5. 楽興の時 第3番 ヘ短調 / シューベルト,フランツ / カーゾン,クリフォード

この曲の詳細を見る ▼
楽曲解説 - 楽興の時 第3番 ヘ短調

PTNA2007年D級課題曲

“楽興の時”というのは、19世紀に主としてピアノ曲のジャンルで広まったキャラクター・ピース(性格小品)の一種で、これらの初期のものということができる。シューベルトはこのタイトルの小品を1823年頃に6曲書いており、作品94として1828年の春に出版された。

3.へ短調 / f moll。第3曲はこの曲集で最も有名な曲。この曲は1823年に出版された他の作品集に「ロシア風エール」というタイトルで既に収録されていた。繰返しを除くとわずか54小節という小さな曲で、終始一貫して単純な伴奏に乗って旋律が流れる何の変哲もないように見える曲だが、愛らしく親しみやすい魅力に満ちた曲である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

作曲家解説 - シューベルト,フランツ

オーストリアのヴィーンの作曲家。「歌曲の王」と呼ばれている。

あらゆるジャンルに作品を残したが、歌曲とピアノ曲は音楽史においてきわめて重要である。生活のため長く学校教師を務めながら作曲し続けたが、彼の才能を認める多くの友人に恵まれ、生前から音楽家として高い名声を得た。31歳で夭折。ピアノ独奏曲は大別して、即興曲や幻想曲など自由な形式のキャラクター・ピース、ワルツなどの舞曲、そしてピアノ・ソナタがある。ピアノを用いた室内楽も佳作を残した。また歌曲においては、歌の旋律を和声的に支えるだけの従来の伴奏を脱却し、ピアノ・パートに深い音楽表現を与えて、歌とピアノのアンサンブルとも言える近代的なドイツ・リートを確立した。

シューベルトは、古典派ともロマン派ともその位置を定めがたい。現在のところ、ロマン派と呼ぶよりもヴィーン古典派に含めて語られることのほうが多い。 確かに形式の面では古典を踏襲しているし、ロマン派的な標題をシューベルト自身が器楽曲に付すことはなかった。また、独特の美しい旋律も古典派の語法からかけ離れたものではない。が、たとえばソナタにおいて、対比的な主題や動機労作よりも、和音の響きの微妙な変化そのものを課題とし、遠隔の調の音にあくまでさりげなく到達する手法には、すでにロマン派の音楽世界が開かれている。しかし、これらの作曲家が古典派の形式の伝統に憧憬と尊崇をもって取り組んだのに対して、シューベルトにとってまだそれは異化されない、なかば同時代のものだった。シューベルトのロマン性は、古典的形式と協和音の美しさの奥に隠されている故に、聴くものに緊張感を与えない。まさに、二つの時代の結節点をなす音楽である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

演奏家解説 - カーゾン,クリフォード

イギリスのピアニスト。作曲家のアルバート・ケテルビーの甥に当たる。

6. 楽興の時 第3番 ヘ短調 / シューベルト,フランツ / ソコロフ,グリゴリー

この曲の詳細を見る ▼
楽曲解説 - 楽興の時 第3番 ヘ短調

PTNA2007年D級課題曲

“楽興の時”というのは、19世紀に主としてピアノ曲のジャンルで広まったキャラクター・ピース(性格小品)の一種で、これらの初期のものということができる。シューベルトはこのタイトルの小品を1823年頃に6曲書いており、作品94として1828年の春に出版された。

3.へ短調 / f moll。第3曲はこの曲集で最も有名な曲。この曲は1823年に出版された他の作品集に「ロシア風エール」というタイトルで既に収録されていた。繰返しを除くとわずか54小節という小さな曲で、終始一貫して単純な伴奏に乗って旋律が流れる何の変哲もないように見える曲だが、愛らしく親しみやすい魅力に満ちた曲である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

作曲家解説 - シューベルト,フランツ

オーストリアのヴィーンの作曲家。「歌曲の王」と呼ばれている。

あらゆるジャンルに作品を残したが、歌曲とピアノ曲は音楽史においてきわめて重要である。生活のため長く学校教師を務めながら作曲し続けたが、彼の才能を認める多くの友人に恵まれ、生前から音楽家として高い名声を得た。31歳で夭折。ピアノ独奏曲は大別して、即興曲や幻想曲など自由な形式のキャラクター・ピース、ワルツなどの舞曲、そしてピアノ・ソナタがある。ピアノを用いた室内楽も佳作を残した。また歌曲においては、歌の旋律を和声的に支えるだけの従来の伴奏を脱却し、ピアノ・パートに深い音楽表現を与えて、歌とピアノのアンサンブルとも言える近代的なドイツ・リートを確立した。

シューベルトは、古典派ともロマン派ともその位置を定めがたい。現在のところ、ロマン派と呼ぶよりもヴィーン古典派に含めて語られることのほうが多い。 確かに形式の面では古典を踏襲しているし、ロマン派的な標題をシューベルト自身が器楽曲に付すことはなかった。また、独特の美しい旋律も古典派の語法からかけ離れたものではない。が、たとえばソナタにおいて、対比的な主題や動機労作よりも、和音の響きの微妙な変化そのものを課題とし、遠隔の調の音にあくまでさりげなく到達する手法には、すでにロマン派の音楽世界が開かれている。しかし、これらの作曲家が古典派の形式の伝統に憧憬と尊崇をもって取り組んだのに対して、シューベルトにとってまだそれは異化されない、なかば同時代のものだった。シューベルトのロマン性は、古典的形式と協和音の美しさの奥に隠されている故に、聴くものに緊張感を与えない。まさに、二つの時代の結節点をなす音楽である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

演奏家解説 - ソコロフ,グリゴリー

ロシアのピアニスト。

7. 楽興の時 第3番 ヘ短調 / シューベルト,フランツ / ギレリス,エミール

この曲の詳細を見る ▼
楽曲解説 - 楽興の時 第3番 ヘ短調

PTNA2007年D級課題曲

“楽興の時”というのは、19世紀に主としてピアノ曲のジャンルで広まったキャラクター・ピース(性格小品)の一種で、これらの初期のものということができる。シューベルトはこのタイトルの小品を1823年頃に6曲書いており、作品94として1828年の春に出版された。

3.へ短調 / f moll。第3曲はこの曲集で最も有名な曲。この曲は1823年に出版された他の作品集に「ロシア風エール」というタイトルで既に収録されていた。繰返しを除くとわずか54小節という小さな曲で、終始一貫して単純な伴奏に乗って旋律が流れる何の変哲もないように見える曲だが、愛らしく親しみやすい魅力に満ちた曲である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

作曲家解説 - シューベルト,フランツ

オーストリアのヴィーンの作曲家。「歌曲の王」と呼ばれている。

あらゆるジャンルに作品を残したが、歌曲とピアノ曲は音楽史においてきわめて重要である。生活のため長く学校教師を務めながら作曲し続けたが、彼の才能を認める多くの友人に恵まれ、生前から音楽家として高い名声を得た。31歳で夭折。ピアノ独奏曲は大別して、即興曲や幻想曲など自由な形式のキャラクター・ピース、ワルツなどの舞曲、そしてピアノ・ソナタがある。ピアノを用いた室内楽も佳作を残した。また歌曲においては、歌の旋律を和声的に支えるだけの従来の伴奏を脱却し、ピアノ・パートに深い音楽表現を与えて、歌とピアノのアンサンブルとも言える近代的なドイツ・リートを確立した。

シューベルトは、古典派ともロマン派ともその位置を定めがたい。現在のところ、ロマン派と呼ぶよりもヴィーン古典派に含めて語られることのほうが多い。 確かに形式の面では古典を踏襲しているし、ロマン派的な標題をシューベルト自身が器楽曲に付すことはなかった。また、独特の美しい旋律も古典派の語法からかけ離れたものではない。が、たとえばソナタにおいて、対比的な主題や動機労作よりも、和音の響きの微妙な変化そのものを課題とし、遠隔の調の音にあくまでさりげなく到達する手法には、すでにロマン派の音楽世界が開かれている。しかし、これらの作曲家が古典派の形式の伝統に憧憬と尊崇をもって取り組んだのに対して、シューベルトにとってまだそれは異化されない、なかば同時代のものだった。シューベルトのロマン性は、古典的形式と協和音の美しさの奥に隠されている故に、聴くものに緊張感を与えない。まさに、二つの時代の結節点をなす音楽である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

演奏家解説 - ギレリス,エミール

20世紀を代表する世界的奏者の一人である。西側で自由に活動することをソ連政府から許された最初の芸術家だった。ロシアの自宅では、アップライトピアノで練習していたといわれている。日本にも何度か来訪した。妹のエリザヴェータはレオニード・コーガンの妻。また、娘のエレーナもピアニストで、父娘で4手ピアノ(連弾や2台ピアノ)デュオの録音を多く残している。

若いころは、鋼鉄のタッチと通称される完璧なテクニックに加えて甘さを控えた格調高い演奏設計で非常に評価が高かったが、晩年は骨太な表現が鳴りを潜め、力を抑えた枯淡の境地と言える表現に変わっていった。

8. 楽興の時 第3番 ヘ短調 / シューベルト,フランツ / ブレンデル,アルフレッド

この曲の詳細を見る ▼
楽曲解説 - 楽興の時 第3番 ヘ短調

PTNA2007年D級課題曲

“楽興の時”というのは、19世紀に主としてピアノ曲のジャンルで広まったキャラクター・ピース(性格小品)の一種で、これらの初期のものということができる。シューベルトはこのタイトルの小品を1823年頃に6曲書いており、作品94として1828年の春に出版された。

3.へ短調 / f moll。第3曲はこの曲集で最も有名な曲。この曲は1823年に出版された他の作品集に「ロシア風エール」というタイトルで既に収録されていた。繰返しを除くとわずか54小節という小さな曲で、終始一貫して単純な伴奏に乗って旋律が流れる何の変哲もないように見える曲だが、愛らしく親しみやすい魅力に満ちた曲である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

作曲家解説 - シューベルト,フランツ

オーストリアのヴィーンの作曲家。「歌曲の王」と呼ばれている。

あらゆるジャンルに作品を残したが、歌曲とピアノ曲は音楽史においてきわめて重要である。生活のため長く学校教師を務めながら作曲し続けたが、彼の才能を認める多くの友人に恵まれ、生前から音楽家として高い名声を得た。31歳で夭折。ピアノ独奏曲は大別して、即興曲や幻想曲など自由な形式のキャラクター・ピース、ワルツなどの舞曲、そしてピアノ・ソナタがある。ピアノを用いた室内楽も佳作を残した。また歌曲においては、歌の旋律を和声的に支えるだけの従来の伴奏を脱却し、ピアノ・パートに深い音楽表現を与えて、歌とピアノのアンサンブルとも言える近代的なドイツ・リートを確立した。

シューベルトは、古典派ともロマン派ともその位置を定めがたい。現在のところ、ロマン派と呼ぶよりもヴィーン古典派に含めて語られることのほうが多い。 確かに形式の面では古典を踏襲しているし、ロマン派的な標題をシューベルト自身が器楽曲に付すことはなかった。また、独特の美しい旋律も古典派の語法からかけ離れたものではない。が、たとえばソナタにおいて、対比的な主題や動機労作よりも、和音の響きの微妙な変化そのものを課題とし、遠隔の調の音にあくまでさりげなく到達する手法には、すでにロマン派の音楽世界が開かれている。しかし、これらの作曲家が古典派の形式の伝統に憧憬と尊崇をもって取り組んだのに対して、シューベルトにとってまだそれは異化されない、なかば同時代のものだった。シューベルトのロマン性は、古典的形式と協和音の美しさの奥に隠されている故に、聴くものに緊張感を与えない。まさに、二つの時代の結節点をなす音楽である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

演奏家解説 - ブレンデル,アルフレッド

チェコ出身でクロアチアで育った、オーストリアのピアニスト。1970年フィリップスと専属契約を結び、リリースしたレコードで、その名声を決定づける。 華麗さや派手さはないものの、中庸を行く知的で正統的な解釈で多くの音楽ファンを惹きつけている。ドイツ・オーストリア音楽の王道とも言うべき作曲家の作品を得意としている。ソロ以外では室内楽や歌曲の伴奏でも多くの名演奏を生み出している。2008年12月のコンサートをもって引退した

9. 楽興の時 第3番 ヘ短調 / シューベルト,フランツ / ルヴィジ,リー

この曲の詳細を見る ▼
楽曲解説 - 楽興の時 第3番 ヘ短調

PTNA2007年D級課題曲

“楽興の時”というのは、19世紀に主としてピアノ曲のジャンルで広まったキャラクター・ピース(性格小品)の一種で、これらの初期のものということができる。シューベルトはこのタイトルの小品を1823年頃に6曲書いており、作品94として1828年の春に出版された。

3.へ短調 / f moll。第3曲はこの曲集で最も有名な曲。この曲は1823年に出版された他の作品集に「ロシア風エール」というタイトルで既に収録されていた。繰返しを除くとわずか54小節という小さな曲で、終始一貫して単純な伴奏に乗って旋律が流れる何の変哲もないように見える曲だが、愛らしく親しみやすい魅力に満ちた曲である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

作曲家解説 - シューベルト,フランツ

オーストリアのヴィーンの作曲家。「歌曲の王」と呼ばれている。

あらゆるジャンルに作品を残したが、歌曲とピアノ曲は音楽史においてきわめて重要である。生活のため長く学校教師を務めながら作曲し続けたが、彼の才能を認める多くの友人に恵まれ、生前から音楽家として高い名声を得た。31歳で夭折。ピアノ独奏曲は大別して、即興曲や幻想曲など自由な形式のキャラクター・ピース、ワルツなどの舞曲、そしてピアノ・ソナタがある。ピアノを用いた室内楽も佳作を残した。また歌曲においては、歌の旋律を和声的に支えるだけの従来の伴奏を脱却し、ピアノ・パートに深い音楽表現を与えて、歌とピアノのアンサンブルとも言える近代的なドイツ・リートを確立した。

シューベルトは、古典派ともロマン派ともその位置を定めがたい。現在のところ、ロマン派と呼ぶよりもヴィーン古典派に含めて語られることのほうが多い。 確かに形式の面では古典を踏襲しているし、ロマン派的な標題をシューベルト自身が器楽曲に付すことはなかった。また、独特の美しい旋律も古典派の語法からかけ離れたものではない。が、たとえばソナタにおいて、対比的な主題や動機労作よりも、和音の響きの微妙な変化そのものを課題とし、遠隔の調の音にあくまでさりげなく到達する手法には、すでにロマン派の音楽世界が開かれている。しかし、これらの作曲家が古典派の形式の伝統に憧憬と尊崇をもって取り組んだのに対して、シューベルトにとってまだそれは異化されない、なかば同時代のものだった。シューベルトのロマン性は、古典的形式と協和音の美しさの奥に隠されている故に、聴くものに緊張感を与えない。まさに、二つの時代の結節点をなす音楽である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

演奏家解説 - ルヴィジ,リー

アメリカ・ルイビル生まれのピアニスト

10. 楽興の時 第3番 ヘ短調 / シューベルト,フランツ / リヒテル,スヴャトスラフ

Sviatoslav Richter plays Franz Schubert's Moments Musicaux No. 3 in F Minor: Allegro moderato D. 780 (Op. 94) 演奏と共に楽譜が見られます。

この曲の詳細を見る ▼
楽曲解説 - 楽興の時 第3番 ヘ短調

PTNA2007年D級課題曲

“楽興の時”というのは、19世紀に主としてピアノ曲のジャンルで広まったキャラクター・ピース(性格小品)の一種で、これらの初期のものということができる。シューベルトはこのタイトルの小品を1823年頃に6曲書いており、作品94として1828年の春に出版された。

3.へ短調 / f moll。第3曲はこの曲集で最も有名な曲。この曲は1823年に出版された他の作品集に「ロシア風エール」というタイトルで既に収録されていた。繰返しを除くとわずか54小節という小さな曲で、終始一貫して単純な伴奏に乗って旋律が流れる何の変哲もないように見える曲だが、愛らしく親しみやすい魅力に満ちた曲である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

作曲家解説 - シューベルト,フランツ

オーストリアのヴィーンの作曲家。「歌曲の王」と呼ばれている。

あらゆるジャンルに作品を残したが、歌曲とピアノ曲は音楽史においてきわめて重要である。生活のため長く学校教師を務めながら作曲し続けたが、彼の才能を認める多くの友人に恵まれ、生前から音楽家として高い名声を得た。31歳で夭折。ピアノ独奏曲は大別して、即興曲や幻想曲など自由な形式のキャラクター・ピース、ワルツなどの舞曲、そしてピアノ・ソナタがある。ピアノを用いた室内楽も佳作を残した。また歌曲においては、歌の旋律を和声的に支えるだけの従来の伴奏を脱却し、ピアノ・パートに深い音楽表現を与えて、歌とピアノのアンサンブルとも言える近代的なドイツ・リートを確立した。

シューベルトは、古典派ともロマン派ともその位置を定めがたい。現在のところ、ロマン派と呼ぶよりもヴィーン古典派に含めて語られることのほうが多い。 確かに形式の面では古典を踏襲しているし、ロマン派的な標題をシューベルト自身が器楽曲に付すことはなかった。また、独特の美しい旋律も古典派の語法からかけ離れたものではない。が、たとえばソナタにおいて、対比的な主題や動機労作よりも、和音の響きの微妙な変化そのものを課題とし、遠隔の調の音にあくまでさりげなく到達する手法には、すでにロマン派の音楽世界が開かれている。しかし、これらの作曲家が古典派の形式の伝統に憧憬と尊崇をもって取り組んだのに対して、シューベルトにとってまだそれは異化されない、なかば同時代のものだった。シューベルトのロマン性は、古典的形式と協和音の美しさの奥に隠されている故に、聴くものに緊張感を与えない。まさに、二つの時代の結節点をなす音楽である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

演奏家解説 - リヒテル,スヴャトスラフ

ドイツ人を父にウクライナで生まれ、主にロシアで活躍した(ただし在留ドイツ人として扱われた)。その卓越した演奏技術から20世紀最大のピアニストと称された。

楽譜を見ながら弾くスタイルだった。ヤマハのピアノを好んで弾いたピアニストでもある。

11. 楽興の時 第3番 ヘ短調 / シューベルト,フランツ / アラウ,クラウディオ

no copyright infringement intended 02:05 - No.4 08:09 - No.5

この曲の詳細を見る ▼
楽曲解説 - 楽興の時 第3番 ヘ短調

PTNA2007年D級課題曲

“楽興の時”というのは、19世紀に主としてピアノ曲のジャンルで広まったキャラクター・ピース(性格小品)の一種で、これらの初期のものということができる。シューベルトはこのタイトルの小品を1823年頃に6曲書いており、作品94として1828年の春に出版された。

3.へ短調 / f moll。第3曲はこの曲集で最も有名な曲。この曲は1823年に出版された他の作品集に「ロシア風エール」というタイトルで既に収録されていた。繰返しを除くとわずか54小節という小さな曲で、終始一貫して単純な伴奏に乗って旋律が流れる何の変哲もないように見える曲だが、愛らしく親しみやすい魅力に満ちた曲である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

作曲家解説 - シューベルト,フランツ

オーストリアのヴィーンの作曲家。「歌曲の王」と呼ばれている。

あらゆるジャンルに作品を残したが、歌曲とピアノ曲は音楽史においてきわめて重要である。生活のため長く学校教師を務めながら作曲し続けたが、彼の才能を認める多くの友人に恵まれ、生前から音楽家として高い名声を得た。31歳で夭折。ピアノ独奏曲は大別して、即興曲や幻想曲など自由な形式のキャラクター・ピース、ワルツなどの舞曲、そしてピアノ・ソナタがある。ピアノを用いた室内楽も佳作を残した。また歌曲においては、歌の旋律を和声的に支えるだけの従来の伴奏を脱却し、ピアノ・パートに深い音楽表現を与えて、歌とピアノのアンサンブルとも言える近代的なドイツ・リートを確立した。

シューベルトは、古典派ともロマン派ともその位置を定めがたい。現在のところ、ロマン派と呼ぶよりもヴィーン古典派に含めて語られることのほうが多い。 確かに形式の面では古典を踏襲しているし、ロマン派的な標題をシューベルト自身が器楽曲に付すことはなかった。また、独特の美しい旋律も古典派の語法からかけ離れたものではない。が、たとえばソナタにおいて、対比的な主題や動機労作よりも、和音の響きの微妙な変化そのものを課題とし、遠隔の調の音にあくまでさりげなく到達する手法には、すでにロマン派の音楽世界が開かれている。しかし、これらの作曲家が古典派の形式の伝統に憧憬と尊崇をもって取り組んだのに対して、シューベルトにとってまだそれは異化されない、なかば同時代のものだった。シューベルトのロマン性は、古典的形式と協和音の美しさの奥に隠されている故に、聴くものに緊張感を与えない。まさに、二つの時代の結節点をなす音楽である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

演奏家解説 - アラウ,クラウディオ

南米チリ出身でアメリカを中心に活動したピアニスト。20世紀を代表するピアノの巨匠として知られた。
1941年、カーネギー・ホールにデビューし、翌年より本拠をアメリカに移す。第二次大戦後は南北アメリカ、東西ヨーロッパ、アジアなど世界的に活躍(日本には1965年初来日)。最晩年までコンサート・録音を精力的に行い、文字通り「巨匠」の名にふさわしい活躍をみせた。

12. 楽興の時 第3番 ヘ短調 / シューベルト,フランツ / ホロヴィッツ,ウラディミール

Vladimir Horowitz plays Schubert Moment Musical in f minor D. 780 No. 3 in Vienna in 1987.

この曲の詳細を見る ▼
楽曲解説 - 楽興の時 第3番 ヘ短調

PTNA2007年D級課題曲

“楽興の時”というのは、19世紀に主としてピアノ曲のジャンルで広まったキャラクター・ピース(性格小品)の一種で、これらの初期のものということができる。シューベルトはこのタイトルの小品を1823年頃に6曲書いており、作品94として1828年の春に出版された。

3.へ短調 / f moll。第3曲はこの曲集で最も有名な曲。この曲は1823年に出版された他の作品集に「ロシア風エール」というタイトルで既に収録されていた。繰返しを除くとわずか54小節という小さな曲で、終始一貫して単純な伴奏に乗って旋律が流れる何の変哲もないように見える曲だが、愛らしく親しみやすい魅力に満ちた曲である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

作曲家解説 - シューベルト,フランツ

オーストリアのヴィーンの作曲家。「歌曲の王」と呼ばれている。

あらゆるジャンルに作品を残したが、歌曲とピアノ曲は音楽史においてきわめて重要である。生活のため長く学校教師を務めながら作曲し続けたが、彼の才能を認める多くの友人に恵まれ、生前から音楽家として高い名声を得た。31歳で夭折。ピアノ独奏曲は大別して、即興曲や幻想曲など自由な形式のキャラクター・ピース、ワルツなどの舞曲、そしてピアノ・ソナタがある。ピアノを用いた室内楽も佳作を残した。また歌曲においては、歌の旋律を和声的に支えるだけの従来の伴奏を脱却し、ピアノ・パートに深い音楽表現を与えて、歌とピアノのアンサンブルとも言える近代的なドイツ・リートを確立した。

シューベルトは、古典派ともロマン派ともその位置を定めがたい。現在のところ、ロマン派と呼ぶよりもヴィーン古典派に含めて語られることのほうが多い。 確かに形式の面では古典を踏襲しているし、ロマン派的な標題をシューベルト自身が器楽曲に付すことはなかった。また、独特の美しい旋律も古典派の語法からかけ離れたものではない。が、たとえばソナタにおいて、対比的な主題や動機労作よりも、和音の響きの微妙な変化そのものを課題とし、遠隔の調の音にあくまでさりげなく到達する手法には、すでにロマン派の音楽世界が開かれている。しかし、これらの作曲家が古典派の形式の伝統に憧憬と尊崇をもって取り組んだのに対して、シューベルトにとってまだそれは異化されない、なかば同時代のものだった。シューベルトのロマン性は、古典的形式と協和音の美しさの奥に隠されている故に、聴くものに緊張感を与えない。まさに、二つの時代の結節点をなす音楽である。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

演奏家解説 - ホロヴィッツ,ウラディミール

ウクライナ生まれのアメリカのピアニスト。最後のヴィルティオーゾ(巨匠)スタイルのピアニストと言われている。ロシアで生まれ、その後亡命して後半生はアメリカを中心に演奏家として活躍した。

チャールズ皇太子が、ダイアナが第一子を生んだ時に演奏に来てほしいとホロヴィッツに頼んだ時は、「コンコルドでロンドンに行けるなら演奏してもよい」と発言し、本当にコンコルドでに乗って出かけた(もちろん、イレギュラーで)、という今となっては伝説化しているエピソードもある。

途中、演奏を中断していた時期もありましたが、「復活」のリサイタルは、歴史的なカムバックとしてライブが残されています。