ドビュッシー 映像第2集 全曲 動画集 | Mボックス

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ドビュッシー 映像第2集 全曲 動画集

ドビュッシー 映像第2集 全曲の動画集です。

ドビュッシー 映像 第2集 全曲

ドビュッシー 映像 第2集 L111

DEBUSSY Images 2 série L111

ドビュッシー 映像第2集の全3曲です。
ピアノ独奏曲集である《映像》は各3曲で2組書かれています。
ドビュッシー 練習曲集動画集一覧はこちら

アルバム収録曲一覧

1. 映像 第2集 全曲 全曲 / ドビュッシー,クロード / 金子 一朗

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

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楽曲解説 - 映像 第2集 全曲 全曲

独自の作曲語法を広げていったドビュッシーは、映像第1集を書き、自らこの曲を、シューマンの左、ショパンの右に位置する作品と評し、自信の程をうかがわせている。その2年後の1907年に同じく3曲からなる第2集を作曲し、一層表現の幅を広げている。これが端的に現れているのが、3段譜の採用で、右手用、左手用に分けられた従来のピアノの記譜法には収まりきれないドビュッシー独自の表現の大きさが、3段譜を使わせる結果となったのだろう。

1.葉ずえを渡る鐘の音 / "Cloches a travers les feuilles"。第2集の第1曲。ドビュッシーの視覚的な感性が特に際立った傑作で、静寂の中に響く遠くの鐘の音がしみ込んでゆく様子を描いている。全音音階も用い、独特の雰囲気を醸し出している味わいある小品。

2.そして月は廃寺に落ちる / "Et la lune descend sur le temple qui fut"。月が沈むなどという音のない“静寂“という世界を見事に描き出した一曲。高音の繊細な和音、低音の深い響きが解け合い、巧みな音の配置でドビュッシー独自の境地が聞こえてくる。

3.金色の魚 / "Poissons d'or"。第2集の第3曲。2尾の金色の鯉が描かれた日本の漆絵からインスピレーションを得て作曲されたと言われている。金魚の細やかな素早い動きを、緻密なパッセージで非常に技巧的に書かれている。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

作曲家解説 - ドビュッシー,クロード

フランスの作曲家。
クロード・アシル・ドビュッシーは1862年8月22日、父マニュエルと母ヴィクトリーヌの長男として、パリ西郊約20キロの町サン=ジェルマン=アン=レに生まれた。

ドビュッシーは、ワーグナーを乗り越えるためにフランス固有の美を武器とし、大胆な語法によって20世紀音楽への扉をあけた作曲家である。長調・短調の明確な対比を嫌った彼は、教会旋法、東洋風の5音音階、全音音階などを駆使し、印象派の画家たちが遠近法を回避するために画面を分割したように、平面的、スタティックな美を生み出した。

ドビュッシーのピアニズムには、大きくわけて次の3つの源流がある。モーテ夫人を通じて伝えられたショパンの技法(ビロードのようなタッチと美しい響き、軽やかなリズムなど)、やはりモーテ夫人に目を開かれたバッハの書法(対位法的、優雅なアラベスクなど)、18世紀クラヴサン音楽の技法(多彩な装飾音、「バトリ」など)。

ドビュッシー独自の語法としては、ペダルで白鍵と黒鍵の響きを混ぜたり、重音や和音塊を平行移動させたり、いくつもの層を積み重ねて、独特の「音響宇宙」を生み出したこと、ポリリズムやルバートを多用して自在な律動を作り出したことなどがあげられる。

1907年にドビュッシーは、「私はますます音楽というのは色彩と律動づけられた時間でできていると確信するようになった」と書いているが、調性からもリズムからも自由になりながら有機性を失わなかったドビュッシーの在り方を象徴するような言葉である。

『前奏曲集第1巻』が『管弦楽のための映像』の「イベリア」と同時進行していたように、ドビュッシーのピアノ曲はオーケストラ曲やオペラ、声楽曲と密接なかかわりももつものが多い。従って、単にピアノ曲としての解釈にとどまるのではなく、背景となっているテキストや管弦楽の色彩感をとりいれなければ、片手落ちになるだろう。

ドビュッシーの「音響宇宙」にはペダルの使用が不可欠だが、彼の発想はしばしば管弦楽的で、幾重もの音響レベルを明確に弾きわけるタッチとペダリングが求められる。

東洋美術に深い関心をもち、また作品にもとりいれたドビュッシーは、作曲にあたってのモットーを「ものごとの半分まで言って想像力に接ぎ木させる」と表現している。すべてをさらけ出さず、深く静かに潜行させるその姿勢は、東洋人、とりわけ日本人の美意識にもっとも近い作曲家ということができよう。
「ピティナ・ピアノ曲事典」より


フランス近代の印象派を代表する作曲家。長音階・短音階以外の旋法と、機能和声にとらわれない自由な和声法などとを用いて独自の作曲を実行した。ドビュッシーの音楽は、その特徴的な和音構成などで、音の印象を表現するという独特の表現スタイルを確立し、「印象主義音楽(印象派)」と称されている。

演奏家解説 - 金子 一朗

日本のピアニスト。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション ソロ部門特級は2003~4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞、2005年ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。2007年3月、『ピティナ40周年記念 ピアノコンチェルトの夕べ』にて渡邊一正指揮・NHK交響楽団と共演。
「ピティナ・ピアノ曲事典」より

2. 映像 第2集 全曲 全曲 / ドビュッシー,クロード / 西川 潤子

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

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楽曲解説 - 映像 第2集 全曲 全曲

独自の作曲語法を広げていったドビュッシーは、映像第1集を書き、自らこの曲を、シューマンの左、ショパンの右に位置する作品と評し、自信の程をうかがわせている。その2年後の1907年に同じく3曲からなる第2集を作曲し、一層表現の幅を広げている。これが端的に現れているのが、3段譜の採用で、右手用、左手用に分けられた従来のピアノの記譜法には収まりきれないドビュッシー独自の表現の大きさが、3段譜を使わせる結果となったのだろう。

1.葉ずえを渡る鐘の音 / "Cloches a travers les feuilles"。第2集の第1曲。ドビュッシーの視覚的な感性が特に際立った傑作で、静寂の中に響く遠くの鐘の音がしみ込んでゆく様子を描いている。全音音階も用い、独特の雰囲気を醸し出している味わいある小品。

2.そして月は廃寺に落ちる / "Et la lune descend sur le temple qui fut"。月が沈むなどという音のない“静寂“という世界を見事に描き出した一曲。高音の繊細な和音、低音の深い響きが解け合い、巧みな音の配置でドビュッシー独自の境地が聞こえてくる。

3.金色の魚 / "Poissons d'or"。第2集の第3曲。2尾の金色の鯉が描かれた日本の漆絵からインスピレーションを得て作曲されたと言われている。金魚の細やかな素早い動きを、緻密なパッセージで非常に技巧的に書かれている。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

作曲家解説 - ドビュッシー,クロード

フランスの作曲家。
クロード・アシル・ドビュッシーは1862年8月22日、父マニュエルと母ヴィクトリーヌの長男として、パリ西郊約20キロの町サン=ジェルマン=アン=レに生まれた。

ドビュッシーは、ワーグナーを乗り越えるためにフランス固有の美を武器とし、大胆な語法によって20世紀音楽への扉をあけた作曲家である。長調・短調の明確な対比を嫌った彼は、教会旋法、東洋風の5音音階、全音音階などを駆使し、印象派の画家たちが遠近法を回避するために画面を分割したように、平面的、スタティックな美を生み出した。

ドビュッシーのピアニズムには、大きくわけて次の3つの源流がある。モーテ夫人を通じて伝えられたショパンの技法(ビロードのようなタッチと美しい響き、軽やかなリズムなど)、やはりモーテ夫人に目を開かれたバッハの書法(対位法的、優雅なアラベスクなど)、18世紀クラヴサン音楽の技法(多彩な装飾音、「バトリ」など)。

ドビュッシー独自の語法としては、ペダルで白鍵と黒鍵の響きを混ぜたり、重音や和音塊を平行移動させたり、いくつもの層を積み重ねて、独特の「音響宇宙」を生み出したこと、ポリリズムやルバートを多用して自在な律動を作り出したことなどがあげられる。

1907年にドビュッシーは、「私はますます音楽というのは色彩と律動づけられた時間でできていると確信するようになった」と書いているが、調性からもリズムからも自由になりながら有機性を失わなかったドビュッシーの在り方を象徴するような言葉である。

『前奏曲集第1巻』が『管弦楽のための映像』の「イベリア」と同時進行していたように、ドビュッシーのピアノ曲はオーケストラ曲やオペラ、声楽曲と密接なかかわりももつものが多い。従って、単にピアノ曲としての解釈にとどまるのではなく、背景となっているテキストや管弦楽の色彩感をとりいれなければ、片手落ちになるだろう。

ドビュッシーの「音響宇宙」にはペダルの使用が不可欠だが、彼の発想はしばしば管弦楽的で、幾重もの音響レベルを明確に弾きわけるタッチとペダリングが求められる。

東洋美術に深い関心をもち、また作品にもとりいれたドビュッシーは、作曲にあたってのモットーを「ものごとの半分まで言って想像力に接ぎ木させる」と表現している。すべてをさらけ出さず、深く静かに潜行させるその姿勢は、東洋人、とりわけ日本人の美意識にもっとも近い作曲家ということができよう。
「ピティナ・ピアノ曲事典」より


フランス近代の印象派を代表する作曲家。長音階・短音階以外の旋法と、機能和声にとらわれない自由な和声法などとを用いて独自の作曲を実行した。ドビュッシーの音楽は、その特徴的な和音構成などで、音の印象を表現するという独特の表現スタイルを確立し、「印象主義音楽(印象派)」と称されている。

演奏家解説 - 西川 潤子

日本のピアニスト。桐朋女子高等学校音楽科を首席で卒業。卒業後98年3月まで桐朋学園大学ソリストディプロマコース在籍。
1998年「第22回ピティナ・ピアノコンペティション」特級グランプリ。併せて文部大臣賞・読売新聞社賞・ミキモト賞受賞。2005年より、社団法人全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)主催「学校クラスコンサート」で、西東京市などの小学校を訪問しコンサートを行っている。
ソロ、室内楽、オーケストラとの共演など、国内のみならず世界各地で活躍し高い評価を得ている。また、演奏活動の傍ら、コンクールの審査等にも携わっている。
「ピティナ・ピアノ曲事典」より

3. 映像 第2集 全曲 全曲 / ドビュッシー,クロード / 金田 真理子

音源:CD[ピアノ特別講座]より 1995年6月28日(木) 名古屋芸大音楽講堂にて 「ピティナ・ピアノ曲事典」より

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楽曲解説 - 映像 第2集 全曲 全曲

独自の作曲語法を広げていったドビュッシーは、映像第1集を書き、自らこの曲を、シューマンの左、ショパンの右に位置する作品と評し、自信の程をうかがわせている。その2年後の1907年に同じく3曲からなる第2集を作曲し、一層表現の幅を広げている。これが端的に現れているのが、3段譜の採用で、右手用、左手用に分けられた従来のピアノの記譜法には収まりきれないドビュッシー独自の表現の大きさが、3段譜を使わせる結果となったのだろう。

1.葉ずえを渡る鐘の音 / "Cloches a travers les feuilles"。第2集の第1曲。ドビュッシーの視覚的な感性が特に際立った傑作で、静寂の中に響く遠くの鐘の音がしみ込んでゆく様子を描いている。全音音階も用い、独特の雰囲気を醸し出している味わいある小品。

2.そして月は廃寺に落ちる / "Et la lune descend sur le temple qui fut"。月が沈むなどという音のない“静寂“という世界を見事に描き出した一曲。高音の繊細な和音、低音の深い響きが解け合い、巧みな音の配置でドビュッシー独自の境地が聞こえてくる。

3.金色の魚 / "Poissons d'or"。第2集の第3曲。2尾の金色の鯉が描かれた日本の漆絵からインスピレーションを得て作曲されたと言われている。金魚の細やかな素早い動きを、緻密なパッセージで非常に技巧的に書かれている。

「ピティナ・ピアノ曲事典」より

作曲家解説 - ドビュッシー,クロード

フランスの作曲家。
クロード・アシル・ドビュッシーは1862年8月22日、父マニュエルと母ヴィクトリーヌの長男として、パリ西郊約20キロの町サン=ジェルマン=アン=レに生まれた。

ドビュッシーは、ワーグナーを乗り越えるためにフランス固有の美を武器とし、大胆な語法によって20世紀音楽への扉をあけた作曲家である。長調・短調の明確な対比を嫌った彼は、教会旋法、東洋風の5音音階、全音音階などを駆使し、印象派の画家たちが遠近法を回避するために画面を分割したように、平面的、スタティックな美を生み出した。

ドビュッシーのピアニズムには、大きくわけて次の3つの源流がある。モーテ夫人を通じて伝えられたショパンの技法(ビロードのようなタッチと美しい響き、軽やかなリズムなど)、やはりモーテ夫人に目を開かれたバッハの書法(対位法的、優雅なアラベスクなど)、18世紀クラヴサン音楽の技法(多彩な装飾音、「バトリ」など)。

ドビュッシー独自の語法としては、ペダルで白鍵と黒鍵の響きを混ぜたり、重音や和音塊を平行移動させたり、いくつもの層を積み重ねて、独特の「音響宇宙」を生み出したこと、ポリリズムやルバートを多用して自在な律動を作り出したことなどがあげられる。

1907年にドビュッシーは、「私はますます音楽というのは色彩と律動づけられた時間でできていると確信するようになった」と書いているが、調性からもリズムからも自由になりながら有機性を失わなかったドビュッシーの在り方を象徴するような言葉である。

『前奏曲集第1巻』が『管弦楽のための映像』の「イベリア」と同時進行していたように、ドビュッシーのピアノ曲はオーケストラ曲やオペラ、声楽曲と密接なかかわりももつものが多い。従って、単にピアノ曲としての解釈にとどまるのではなく、背景となっているテキストや管弦楽の色彩感をとりいれなければ、片手落ちになるだろう。

ドビュッシーの「音響宇宙」にはペダルの使用が不可欠だが、彼の発想はしばしば管弦楽的で、幾重もの音響レベルを明確に弾きわけるタッチとペダリングが求められる。

東洋美術に深い関心をもち、また作品にもとりいれたドビュッシーは、作曲にあたってのモットーを「ものごとの半分まで言って想像力に接ぎ木させる」と表現している。すべてをさらけ出さず、深く静かに潜行させるその姿勢は、東洋人、とりわけ日本人の美意識にもっとも近い作曲家ということができよう。
「ピティナ・ピアノ曲事典」より


フランス近代の印象派を代表する作曲家。長音階・短音階以外の旋法と、機能和声にとらわれない自由な和声法などとを用いて独自の作曲を実行した。ドビュッシーの音楽は、その特徴的な和音構成などで、音の印象を表現するという独特の表現スタイルを確立し、「印象主義音楽(印象派)」と称されている。

演奏家解説 - 金田 真理子

日本のピアニスト。パリ国立高等音楽院をプルミエプリを取って卒業。マネス音楽院で修士号を、博士号をニューヨーク市立大学大学院で取得。
モントリオール国際ピアノコンクール、マリア・カナルス国際ピアノコンクールに入賞。国内外で交響楽団戸の共演、リサイタルを行う。また、室内楽奏者としても活発に活動。
2004年オハイオ・ウェズレヤン大学准教授に就任。ピティナ正会員。
「ピティナ・ピアノ曲事典」より